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Lee-Byung-hun addicted

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第一話「逢う」

Fly me to the moon~1 「逢う」

「揺ちゃん、今日はびっくりするようなゲストよ。」

と明らかにいつもより気合をいれておめかしした響子さんが言った。

響子さんとはこのホームパーティーのホストである映画配給会社のオーナーの奥様である。

それは2005年初夏日本が梅雨明けして間もない頃だったと思う。

パーティーのホストである映画配給会社のオーナーと私の父は中学からの同級で我が家とオーナー一家とは昔から家族同然の付き合いである。

そのコネで私も字幕翻訳家という現在の仕事に就けたという経緯があり,
仕事柄この逗子にあるオーナー宅でホームパーティーが開かれるときは使いやすいお手伝いさん兼通訳兼ホステスとして呼び出されることもしばしばだった。

その日も案の定、数日前に召集がかかり午前中のうちから手伝いに借り出されていた。

「えっ、誰が来るんですか?」と尋ねたが
響子さんはとろけそうな笑顔で嬉しそうに「へへへ・・秘密。」と言った。

(いったい誰が来るんだぁ・・)
冷めた性格の私としてはその程度の想いであった。
(特別なお客様ならもうちょっとドレスアップしてくれば良かったかな。)

先日カンヌ映画祭での作品の買い付けに同行した際に現地のショップで買ったリゾートっぽい黒のワンピースを素肌に無造作に着てきた私は少しだけ後悔した。

「おっ!揺ちゃん、来てくれたな!」

オーナーの登場である。

65歳になる彼は32になった私から見ても恐ろしくかっこいい男である。

生まれつき洗練されたもののなかで生活してきたことが感じられる人物であるが決してそれをいやみに感じさせない。

仕事上でもプライベートでも尊敬できる人物である。

「今日は特に大切なお客様だからよろしくな!」

・ ・と言い放つと

「あっ!ワインワイン・・」
といいながら地下のワインセラーにとっとと行ってしまった。

(だから誰なんだよ!)
もったいぶられると大して気にしていなかったものが妙に気になりだしてくるものだ。

この家にはもう一人住人がいる。

一人息子の彰介だ。彰介は33歳独身。

私とは歳が近いこともあり兄弟のように育った。

30年以上付き合っているわけなので途中ロマンスがなかったわけではない。

しかしあまりに近すぎて似すぎていてうまくいかなかった。

その後も疎遠になるわけもなくお互い水と空気のように存在は気にならないがなくてはならないような付き合いがプライベートでも仕事上でも続いている。

彼は朝からそのVIPを鎌倉寺めぐりに案内しているらしい。

 
そうこうしているうちに来客が到着する時間になった。

いつもよりご夫婦で出席されているお客様がやけに多い。

つまりいつもよりはるかに女性客が多いのだ。

奥様達は一様に明らかに嬉しそうである。

オーナーの超カンタンな説明によると
「VIPは相当な人気者だから!」とのこと。

まあ会えばわかるか。
悟りの境地である。

ついに彰介がVIPを案内して帰ってきた。

シルバーメタリックのベンツからマネージャーらしき人と共に降り立った彼は彰介にエスコートされて玄関ホールに立ちにこやかに挨拶した。

「お久しぶりです。久遠寺さん」

「皆さんはじめまして。イビョンホンと申します。」

流暢な日本語だった。

彼の周りにはすごい人垣がいつの間にか出来ていて姿はよく見えないがなんとか声は聞こえた。

「あ・・携帯のコマーシャルに出てる人?」




ホームパーティーということもあって彼はグレーのスーツをカジュアルダウンした感じで粋に着こなし中には綺麗なピンクベースのストライプシャツを合わせていた。

パーティーが始まると鬼のような忙しさだった。

私はフランス語と英語の字幕翻訳が専門なのでハングルはさっぱりわからないから通訳として彼の傍に呼ばれることもない。

そもそもお料理のサービスやお客様への気配りに非常に忙しかったので彼とは挨拶をすることもなかった。

ときどき垣間見るにハングルの通訳は事務所から派遣されているらしく細かい部分になると意思の疎通を手伝っていたようだったがおおむねパーティーでの会話は英語で行われていたようである。

ビョンホンの傍には彰介が座りお客様を紹介したり英語の通訳を務めたりしている。

ビョンホンはウイットに富んだ会話で周りを盛り上げているようだった。

彼の周りには笑い声が絶えなかった。

ハングルの通訳が疲れからか気分が悪くなりかけたときもいろいろ気を使っているようだった。

よくはわからないがきっと細やかな心遣いが出来る人なのかもしれない、と思った。

宴もたけなわとなったころリビングからピアノと共にビリージョエルの「JAST THE WAY YOU ARE」を歌う声が聞こえてきた。

私はキッチンで片付けを始めていたが歌に釣られてリビングをのぞきに行った。

マダムたちのたってのご要望でイビョンホン氏は歌を歌わされることになったらしい。

伴奏は彰介がピアノで弾いていた。

奴は一通りなんでもこなす男である。

第一印象「スターってこういう人を指す言葉なんだ・・」
とマジで思った。
歌がとても上手かった。

彼はステージがなくとも充分星のように輝いてそこに存在していた。



パーティーがお開きになりやっとお客様が帰り始めた。

どの奥様も夢を見たかのようにウットリ顔である。

キッチンの後片付けも終わり裏方の私はお役御免だ。

数人の顔見知りのお客様を見送った後やっと一息つけた。

ほとんど何も口にしていなかったことに気付きキッチンに行って残り物のオードブルと冷えた白ワインをこっそり持って庭のデッキに出た。

夜風が気持ちいい。

座ってひどく遅い夕食を一人楽しんでいるとリビングから2人で歩いてくる人影があった。

最初暗くてよく見えなかったが人影が彰介とビョンホンであることがわかるのにさほど時間はかからなかった。

「何一人で飲んだくれてんだよ~」

彰介が笑いながら言った。

「人聞きが悪いなぁ。飲まず食わずで人をこき使っておいて!時給高いよぉ~。
この間私が買い付けてきたフランス映画プロモーションにも参加させてもらうって報酬でどう?」
と言ってやった。

ただでは起きない。

「了解しました。ただし無謀な企画を押し通すのだけは勘弁してください!」
と彰介は拝むように言った。

「ごめん、ごめん ヒョン。
話の仲間に入れてあげなくて。
ヒョンが彼女を紹介してくれって言ったのに後回しにしちゃったね。
彼女は「橘 揺」まあうちにとっては家族みたいなものだ。
ホントの仕事はこう見えてもれっきとした映画の字幕翻訳家なんだぜ」
と彰介が言った。

「はじめまして。イビョンホンです。
今日は一生懸命働いていましたね。
お疲れでしょう。さあ飲んで。」

といって彼は私の空きかけたグラスにワインを注いでくれた。

近くで見ても整った綺麗な顔だった。

正直驚いて
「はじめまして。橘 揺です。よろしく。ありがとう」
というのがやっとだった。

彰介がいうにはビョンホンは最初私のことを働き者のメイドさんかと思っていたようだったがオーナーを慣れなれしくバンバン叩いたりお客様と英語やフランス語で話しこんでいる姿を見かけたようで
「いったい何者なんだ」と彼に聞いたらしい。

彰介は面白がってあることないこと吹き込んでいたようだった。

その話でまた興味をそそられたのか私を紹介してほしいということになったのだ。

「今日、ヒョンはスタッフとうちに泊まるからゆっくりできるだろ?
今グラス持ってくるから少し3人で話そうか」

彰介はそういうとキッチンにグラスを取りに行った。

彰介がいなくなると急に静かになった。

普段あまり人見知りもしないし緊張もしないほうだが今日はいつもと勝手が違った。

とりあえず何か聞いとくか。

「鎌倉はどうでした?」
無難な質問だ。

「面白かったです。日本の伝統文化にも興味があります。
顔かたちは似た民族ですが考え方とか物事の感じ方などは日本人と韓国人では違う部分も多いでしょ。
どんな歴史が我々の今を作っているのか知ることは大切なことですよね。」

彼は流暢な英語で語った。

それから今日一日体験したことで驚いたこと面白いと感じたことを話してくれた。

私は韓国人と話すのは初めてだったのでいろいろな文化の違いについて説明してもらいとても面白かった。

彼の問題に対する視点も変わっていて私にはツボだったようで各所で大笑いしてしまった。

和やかに二人で話しているとお邪魔虫が帰ってきた。

「盛り上がってるねぇ~~何の話?」

その後彰介も交えて日韓の文化について3人で話した。

彰介も私と感性が似ているのでビョンホンの話はツボにはまるらしい。

3人で大笑いした。

彰介は今日一日ですっかりビョンホンと意気投合しずうずうしくも韓国で親しい人に使うらしい兄(ヒョン)という呼び方で彼を呼んでいた。

彰介の話によると私はまずまず親しくなってきたのでそろそろ「オッパ」と呼んでいいらしい。

韓ドラを見たことのない私はこんなとき不便である。

「ところで。」ビョンホンが言った。

「揺さんはどんな作品を翻訳したの?」

彰介は失礼なことに
「こいつの扱うのはマニアックな作品が多いからなぁ」
と言ってニヤニヤしている。

確かに私が担当した作品で大きくヒットしたものはまだないが単館で上映されたりフィルムフェスティバルで評価の高かった作品もある。

万人が見て面白いという作品ではないのだ。

私自身も基本的に自分の気に入った作品を中心に仕事を請けているので私の感性が万人受けでないのだから仕方がないと思っている。

しかしそんな自分のかかわった映画が可愛くて仕方がないのである。

ビョンホンには比較的名前が通っている数少ない作品と自分の思い入れの特に強い作品を2・3告げた。

帰ってきた反応は意外なものだった。

「それ、全部見たことがあるよ。特にあれは面白かったね。」
と私の一番好きな映画の名前を挙げた。

彰介も意外なようだった。

彼の映画好きはファンの間では有名らしいがそのときは知る由もなく

「ヒョンもマニアックだねぇ・・」と驚いた様子だった。

その後映画バカが3人そろって好きな映画について熱く語り続けたのはいうまでもない。
時間はあっという間に過ぎていた。


「そろそろビョンホンさんを休ませてあげなさい」
リビングから響子さんの声がした。

時計を見ると12時を回っていた。

「あっ、もう帰るわ」というと彰介が「泊まっていけよ」という。

明日は久々のOFFだから朝から浜にボードをやりに行こうと思っていた。

私は一度決めるとそのとおりにしないと気がすまない時に厄介な性格の持ち主である。

「明日朝、海でボディーボードしてから帰ろうと思って。
準備があるから帰るよ。
それにここから2・3分だし。」

私の家は目と鼻の先だった。

「じゃあ、危ないから送っていくよ。」
ビョンホンがそう言った。

彰介と私は声を合わせて「道わかるの?」怪しそうに彼を見ながらいった。

彼は「へへへ」と笑った。

可愛い人だ。と思った。

せっかくの申し出なので2人に家まで送ってもらった。

道すがらビョンホンもボードがしたいというので3人で早朝出掛けることにした。
おやすみなさいを言って家に入ったあと自分がいつになくワクワクしていることに気付いた。



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